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白河「小峰城
別名 白河城、小峰城
城の種別 梯郭式平山城
築城者 結城親朝
築城年 1340
遺構 石垣、土塁、堀
復元三重櫓・太鼓櫓・門
天守の構造 三重三階櫓
所在地 福島県白河市

秀吉による「奥州仕置」と言うのがあった。

秀吉による天下統一の詰めとして行われた小田原征伐に、参加を躊躇した東北大名に対する仕置きである。
これにより、この地方を400年間支配した結城氏が失脚、会津領となり蒲生、上杉の支配下となる。
この時代は会津藩の出城(支城)として北への睨みを利かす事であった。

上杉藩は関が原の戦いでは豊臣方に付いたことから、会津120万石から一転して米沢30万石に減俸。
江戸期に入り、この地は丹羽長重が入り白川藩が確立、小峰城を大改築した。
白河城は元和元年(
1615年)の一国一城令以後に築かれた事から、
天守はなく三層三階の三重櫓が天守の役割を果たしていた。

総石垣造りの城であり、会津若松城、盛岡城(天守は復元されていない)とともに東北三名城ともいわれた。

戊辰戦争で1868年消失落城。1991年、本丸跡に三重櫓が復元されている。
(2007/10/8訪問)

二の丸から天守(三重櫓)を見る。
前御門
本丸より
本丸御殿跡
本丸石垣

白河の関跡

白河「小峰城」から南東へ10km、「白河の関跡」がある。
観光遊覧というよりは、古代の史跡地として国が特別に指定した関跡である。

当時は、朝廷の勢力は関東まで及んでいたようだが、蝦夷の勢力が強い奥州までは手が回らなかったようだ。
この蝦夷の南下を防ぐため、要衝の地に関を置いた様であり、
奥州三関「勿来(福島県いわき市)、念珠(山形県鶴岡市)」が有名である。

「古関蹟の碑」

白河城主松平定信公が
1800
年にここが白河の関だと
断定して建てた碑

白河神社
(白河の関すべてを境内とする。)
関守の住居を防御する空彫
樹齢約800年、「十二位の杉」の老木

機材:Caplio GX100

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